大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和31年(行)1号 判決

原告 協和紡績株式会社

被告 右京税務署長

訴訟代理人 今井文雄 外三名

主文

原告の鯖求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対して昭和二十九年九月二十五日附でなした原告の昭和二十七年十一月一日から昭和二十八年十月三十一日に至る事業年度の法人税更正決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告会社は被告に対し昭和二十七年十一月一日から昭和二十八年十月三十一日に至る事業年度(以下当該事業年度という)の総益金を一千五百二万三千八百三十円、総損金一千五百二万三千八百三十円、所得金額なしとして法人税に関する確定申告をしたところ、被告は昭和二十九年九月二十五日所得金額を一千九十八万九千四百円(総益金四千六百三十二万六千九百九十三円、総損金三千五百三十三万七千五百三十一円)、法人税額を四百六十一万五千五百四十円、過少申告加算税額を十三万一千四百円、重加算税額を九十九万三千五百円とする更正決定をした。そこで原告会社はこれを不服として被告に対し再調査の請求をなし、右請求は審査の請求とみなされたが、訴外大阪国税局長より昭和三十年七月二十七日右審査請求を棄却する決定がなされた。

二、しかして右確定申告ならびに更正決定についてみるに、原告会社は、

(1)  昭和二十八年十月三十一日東洋繊維株式会社に対し売掛金三百一万二千六百五十円棚卸認容金二百四十四万六千六百円相当の紡績糸を

(2)  前同日糸岡商店に対し売掛金百二十四万六千四百円棚卸認容金百十四万円相当の紡績糸を、

(3)  前同日泉商事株式会社に対し売掛金八十七万円棚卸認容金七十五万円相当の紡績糸を、

(4)  同年八月八日金田商店に対し売掛金二百六万六百四十円棚卸認容金百五十六万四千九百円相当の紡績糸を、

(5)  同年十月二十七日三進被服加工所に対し売掛金二百二十八万七千二百五十円棚卸認容金百八十一万八千円相当の製品を、それぞれ売買取引により出荷したが、以上の各売掛金並びに棚卸認容金を当該事業年度の益金並びに損金に計上しなかつたところ被告はこれを当該事業年度の益金並びに損金として認定した。

(6)  被告は原告会社の東光繊維工業株式会社に対する債権三百六万四千四百二十八円を当該事業年度の貸倒金でないと認定した。

三、しかしながら被告の右各認定はいずれも失当である。

(一)  (1) 東洋繊維株式会社、(2) 糸岡商店、(3) 泉商事株式会社関係、原告会社とその得意先との販売慣習はすべて先方庭渡しであるが、右東洋繊維株式会社及び糸岡商店の倉庫はいずれも大阪府泉大津市に所在し、各出荷日昭和二十八年十月三十一日すなわち当該事業年度最終の日は土曜日であつたところ、翌々日の十一月二日に検収のうえ引渡が完了されたものであるから、売買は右十一月二日以後に成立したというべきである。すなわち取引は検収により量目を確定し品質を見定め適格品か否かを買主が調査し、ここで始めて成立する。製品積送中は便宜納品伝票を使用しても未だ原告会社の商品としてこれを棚卸商品に計上することは正当な会計処理であつて、その間天候その他不測の事故等により目減り変質するような場合もある。又原告会社のような中小会社に被告主張のような受注即売上という一流紡績会社の商慣習はあてはまらず、需要者側が品質数量価格を検討の上その一方的意思により取引の成否を決する商慣習である。よつて東洋繊維株式会社及び糸岡商店に対する各売掛金は次の事業年度において計上されるべきである。泉商事株式会社に対する売掛金も右と同様である。

法人税法取扱基本通達第二四九号によれば「資産の売買による損益は所有権移転登記の有無及び代金支払の済否を問わず売買契約の効力発生の日の属する事業年度の益金又は損金に算入する。但し商品製品等の引渡の時を含む事業年度の益金又は損金に算入することができる。」としている。

そして右「引渡の時」とは商品等が相手方に到達し検収を終了したときと解せられ(参照、税務弘報三十二年五月号、井上清一 決算手続と税務会計処理について)、検収前に事業年度が終了した時は棚卸資産として計上するのが一般の取扱である。なお、後記被告の主張する継続性の原則とは毎決算期ごとに継続して同一会計処理方法をとることであり、被告主張のように毎取引ごとに同一会社処理を適用することではない。

(二)  (4) 金田商店、(5) 三進被服加工所関係

金田商店との取引はクレームがあり、当該事業年度最終の日の昭和二十八年十月三十一日現在その引取につき紛争中のため、原告会社は当該事業年度において売上金に計上せず前受金と在庫品で当初の協定価格をもつて処理し、同年十一月二十八日に至り原告会社と右商店間で引取単価を確定し取引を成立させたので同日の売上として次の事業年度において計上すべきものである。

三進被服加工所との取引は昭和二十八年十月二十七日現金引換の条件で単価を協定して出荷したものであるが、右三進被服加工所が違約し現金を製品と引換に支払わず当該事業年度末現在において未だ紛争中であり原告会社は契約を解除したもので、右製品は原告会社の在庫品に外ならず売買は成立していなかつた。次の事業年度内の同年十一月三十日に改めて取引単価を協定し、三進被服加工所の乗用者をもつて代金のうち百万円に充当し、原告会社は右乗用車を売却したが百万円より回収することができなかつたので不足額を切捨てた。この損害も次の事業年度の損害であり、取引成立の日は右十一月三十日に外ならず取引額は右乗用車の処分額と計上すべきものである。

右金田商店及び三進被服加工所との取引のように当該事業年度末に当事者間に紛争があれば値引を見込むか収益を繰延べるのが税法上の原則であるが、右各取引は値引算出が困難であるため収益を繰延べ、当該事業年度においては前受金と在庫品に算入したものである。紛争中の売買代金の処理は販売した商品の瑕疵を理由に代金に紛争を生じたばあいは双方の協議等で改めて代金額が決定されたときに初めて売上金として益金に計上すべきものである。(参照、広島高裁松江支部昭和二十五年五月八日刑事判決)。

(三)  (6) 東光繊維工業株式会社関係、

右会社に対する債権は同会社が債務超過状態で長期にわたり改善されず当該事業年度において回収不能であつた。すなわち、原告会社は昭和二十七年九月右東光繊維工業株式会社に製品を売渡しその代金支払方法として手形を受領したが不渡となつた。同年十二月頃大阪地方裁判所に対し同会社につき和議開始の申立がなされ同月二十六日同裁判所により和議開始決定がなされ、昭和二十八年三月和議認可の決定がなされたが、その後も債務超過で解散するに至り、新たに小松メリヤス株式会社を設立し右債務を承継したが結局前記手形金の回収は不能となつた次第である。

本件確定申告に際し原告会社が右債権を滞貸金として貸借対照表の資産勘定に計上していたのは前の事業年度の繰越欠損が多額にあり、又当時原告会社が青色申告法人であるため当該事業年度において不良債権があつても敢て当該事業年度の損失とする必要もなかつたからであつて、全部回収不能の事実は当時既に確定的であつた。しかるところ本件確定申告に対し被告は昭和二十九年七月初旬頃当該事業年度と前の事業年度すなわち昭和二十六年十一月一日から昭和二十七年十月三十一日に至る事業年度とについて同時に調査したが、被告は右調査中原告会社に対し前の事業年度以降につき青色申告書提出の承認を取消し、昭和二十九年九月十七日原告会社はこれが通知を受けた。もし右青色申告書提出の承認取消が当該事業年度の決算期前に行われていたならば、原告会社は東光繊維工業会社に対する債権を当然貸倒損失として処理したのである。当時右承認取消問題と関連して原告会社は貸倒損失とする決算のやり方を主張したのに対し、被告は原告会社のやり方を十二分に認めるから右は不要であり話合により適当に解決しようというので、決算の組直しを行わなかつたものである。

法人税法取扱基本通達第一一六号は「貸金が回収不能であるかどうかは当該貸金の債務者の支払能力等の実情により判定すべきであるが概ね左の各号に該当する場合においては当該貸金は回収不能と認める。一、債務者が破産和議強制執行又は整理の手続に入り或は解散又は事業閉鎖を行うに到つたため又はこれに準ずる場合で回収見込のない場合。二、〈省略〉。三、債務超過の状態が相当期間継続し事業再起の見透しなきため回収の見込のない場合。四、五、〈省略〉。六、前各号に準ずる事情があり債権回収の見込のない場合。」とするが前記債権は右一、三、六号に該当するから貸倒損失となすべきである。又基本通達において定められている一般基準に該当する場合は企業経理の如何に拘らず、税務上貸倒れとして取扱われるものである(参照税務通信三十二年七月号、飯田耕三、債権の消却に関する税務上の問題点)。

四、右前項(一)、(二)、(三)、各記載のとおり被告のなした本件更正決定には不当の点があるから右更正決定の取消を求めるため本訴請求に及んだ。と述べ、

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因一、二、の各事実はすべて認める。

二、同三、の事実中(三)のうち原告主張の各日時に大阪地方裁判所において東光繊維工業株式会社に対する和議開始決定及び和議認可決定がそれぞれなされたこと、原告が本件確定申告に際し同主張の右会社に対する債権を当該事業年度の滞債権として貸借対照表の資産勘定に計上していたこと、被告が右確定申告に関し原告会社に対し原告主張の頃同主張の事業年度につき調査をなし、右調査中に原告主張の青色申告書提出の承認を取消し、同主張の日にその通知をなしたことはいずれも認めるが、その余はすべて争う。

三、被告の主張は次のとおりである。

(一)  (1) 東洋繊維株式会社、(2) 糸岡商店、(3) 泉商事株式会社関係

資産の売買により損益は売買契約の効力発生の日の属する事業年度の益金又は損金に算入するのが原則である。但し法人税の課税標準たる所得金額の計算では原告挙示の法人税法取扱基本通達第二四九号のとおり商品製品等の販売については商品製品等の引渡の時を含む事業年度の益金又は損金に算入することができるのであるが、これは取引の実情、経理事務の慣行よりそのような取扱をしているのである。ところが紡績糸のように予め製造しておき注文に応じて販売するものは注文書を受取つた時それを拒絶しない限り商談が成立し、直ちに商品の受渡代金の決済が行われるものであるから、出荷の指図書を発行する時に売上の経理をするのが普通である。その後クレームや値引があれば、その時になつて経理するのであつて、複雑な商取引を迅速に行わねばならない此の種業者は全てこのような経理方法をとつている。原告会社が東洋繊維株式会及び糸岡商店に対し販売した紡績糸はいずれもトラックで輸送され出荷の日のうちに先方に到着している。右各取引先の注文により原告会社が出荷した以上売上計上の時期である。しかるに原告会社がこれを棚卸商品として計上していたのは故ら利益を隠蔽したものと認めざるを得ない。泉商事株式会社についても右と同様である。

法人税法基本通達によるに、法人税の課税所得金額は正規の簿記の原則により計算された利益を基にして法人税法の各規定により算出されるのであるが、記帳や計算の方法をみだりに変更するときは個々の方法が会計理論に合致していても記帳過程において既に正規の簿記の原則に適合しなかつたものとして計算された利益は企業会計上尊重すべき計数ではない。そうして売買の記帳には企業会計原則(大蔵省理財局企業会計審議会中間報告)の一般原則のうち第五の継続性の原則が強く要求される。右一般原則には七項目あるが処理上各原則の適用には自から軽重があり右継続性の原則が最重視されている。原告挙示の法人税法取扱基本通達第二四九号は売買損益の帰属時期を定めるための規準であり、企業会計原則が権利発生主義に基くのに対し、権利確定主義に基くもので此の限りにおいて企業会計原則のうち第六の安全性の原則に則るものである。そして売買の会計処理は債権債務の確定の時点を把えて行うもので又その時点に行うべきであるが、右時点の特定について前記の継続性の原則が作用する。すなわち売買契約締結、引渡物件特定、引渡物件の発送或は引渡条件完了、引渡物件の受領、代金請求、代金支払等の各時点中の一時点を特定し継続して変更することなく記帳すべきである。原告会社の会計処理方法をみると少くとも商品発送の時をもつて売上に計上していたもので此の方法は原告会社等の業態の会社が通常採用している会計処理方式で実情に適した会計処理である。ところが当該事業年度末の若干の取引のみについて原告会社は売上計上の時期を次の事業年度に繰延べたので、被告は継続性の原則に従い当該事業年度の売買利益と認定し所得金額に加えて更正したものである。

(二)  (4) 金田商店、(5) 三進被服加工所関係

金田商店との取引は昭和二十八年八月七日前受金を受領したものであるが出荷のときに売上に計上すべきものである。クレーム等により値引することがあるとしても、それは該時期に計上すればよいのであつて、当該事業年度に計上すべき売上金額には影響しない。しかるに原告会社が売上の計上をしなかつたのは故ら利益を隠蔽したものと認めざるを得ない。

三進被服加工所との取引については先に東洋繊維株式会社及び糸岡商店について主張したところと同様、この売上金も当該事業年度において計上すべきである。紛争があるとしても次の事業年度のことである。又契約解除したのなら格別、代物弁済を受けたものであるから当該事業年度の損益に影響しない。因みに原告主張の自動車は原告会社の親会社に譲渡したものであることからも故ら利益を隠蔽したものと認めざるを得ない。原告主張の損失発生が予想されるばあいの収益の繰延べは企業会計原則にも採用されず、法人税法の所得算出にも採用されていない。税法上は貸倒準備金、違約損失準備金(法人税法施行規則第四、五節)、輸出損失準備金(昭和三十二年法律第二六号による改正前の粗税特別措置法第八条ノ二)等特に規定したもののみに限られるのであつて、内地取引のクレーム発生を予想しての会計処理は認められていない。

(三)  (6) 東光繊維工業株式会社関係

原告主張の右会社に対する債権は後にその債務を承継した小松メリヤス株式会社において棚上となつたが、被告は更正に際しその実体を十分に調査の上検討し、原告の企業経理の如何に拘らず未だ当該事業年度においては貸倒とすべきではないとしたものであり、原告主張の和議認可決定後その第一回の履行もなされたものであつて、このことは原告会社自ら滞債権として資産勘定に計上していたことからも容易に窺い知ることができる。法人税の所得計算にあたつては当該債権が如何に回収困難であつても一部しか回収できないことが明らかであつても、それだけの理由から任意に自己の債権を評価することはできない。

回収不能が明らかとなるか債務者の支払額が法律上の手続で確定して残余は放棄せざるを得なくなつて始めて損失額を計上することができるのである。

原告が主張する本件法人税調査の際の原告会社と被告の折衝の事情は原告主張の債権の調査に当つて理由となるものでなく右に関し株主総会で一旦議決承認された決算書が軽々しく訂正できる筈はないから右決算書を改めて訂正する必要がないと云うのは当然である。

因みに被告は原告会社が貸借対照表の流動資産のうちに滞債権勘定として計上せるものの中、丸編実業株式会社、川南商店、丸大洋服店、金森信吉に対する各債権この額面合計四百八十万四千二百九十円については、原告会社が貸倒の処理も表示していなかつたが原告会社が青色申告法人でなくなつたことを老慮して各事業年度の期間計算を正確にするため回収不能と判定し、進んで貸倒損失とする原告会社に有利な処理をしたものである。

四、以上のとおり被告のなした更正決定に違法の点はないから本訴請求は棄却さるべきである。と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、原告会社が被告に対し当該事業年度の総益金一千五百二万三千八百三十円、総損金右同額、所得金額なしとして法人税に関する確定串告をなしたところ、被告が昭和二十九年九月二十五日所得金額一千九十八万九千四百円(総益金四千六百三十二万六千九百九十三円、総損金三千五百三十三万七千五百三十一円)、法人税額四百六十一万五千五百四十円、過少申告加算税額十三万一千四百円、重加算税額九十九万三千五百円とする更正決定をなしたこと、これに対し原告会社が被告に再調査の請求をしたところ右請求は審査の請求とみなされ訴外大阪国税局長は昭和三十年七月二十七日右審査請求を棄却する決定をなしたことは、いずれも当事者間に争がない。

二、しかして原告は、被告が右更正決定において原告会社の(1) 東洋繊維株式会社、(2) 糸岡商店、(3) 泉商事株式会社、(4) 金田商店、(5) 三進被服加工所に対する各売掛金及び棚卸金額を当該事業年度の益金及び損金に算入した点、並びに(6) 東光繊維工業株式会社に対する債権を貸倒金として損金に算入しなかつた点はいずれも違法であると主張するので以下これらの点につき順次判断を進める。

(1)東洋繊維株式会社(2) 糸岡商店、(3) 、泉商事株式会社に対する各売掛金及び棚卸金額についての判断

法人税の課税標準たる各事業年度の所得とは各事業年度の総益金から総損金を控除した金額であるが、資産の売買に関し右総益金又は総損金の内容となる各個の益金又は損金がどの事業年度に所属するかについては法人税法関係法令上直接には実定法規が存しないので合目的的解釈によりこれを決すべきであるところ、法人税法取扱基本通達第二四九号の指針するとおり原則として売買契約の効力発生の日の属する事業年度の益金又は損金に算入し(いわゆる権利発主義)、但し商品製品等の販売にあつては取引の実情、経理事務の慣行に照し引渡の時を含む事業年度の益金又は損金に算入することができる(いわゆる権利確定主義)とするのが、法人の経営上の決算目的並びに法人の納税すべき金額を決定する目的からみて、偶然に左右されることを可及的に排除し、且つ経済的価値の金銭評価上の実際的困難を排除するものとして、客観的に妥当であると解せられる。しかして右売買契約の効力発生の日の後にして引渡の時以前の一定時期であるならば、例えば引渡物件を特定した時又は引渡物件を発送した時或は引渡の条件を完了した時等のうち任意の一時期を特定しその時の事業年度の益金又は損金に算入することもまた結局は右の権利発生主義乃至は権利確定主義に則るものとして何ら妨げないものと云うべきである。しかしながら当該法人において一たん右各時期のうち一時期を特定しその時の属する事業年度の益金又は損金に算入する会計処理方法をとる以上は、法人課税所得の申告の公正を保障する見地から、みだりに一部取引についてのみ損益算入の時期を殊更別異の時期とすることが許されないのは云うまでもないことである(企業会計原則の第五継続性の原則は正にこの趣旨を云うものに外ならない。)。

ところで、原告会社が各売買取引により昭和二十八年十月三十一日、(1) 東洋繊維株式会社に対し売掛金三百一万二千六百五十円棚卸金額二百四十四万六千六百円相当の紡績糸を、(2) 糸岡商店に対し売掛金百二十四万六千四百円棚卸金額百十四万円相当の紡績糸を、(3) 泉商事株式会社に対し、売掛金八十七万円棚卸金額七十五万円相当の紡績糸を各発送したことは当事者間に争がなく証人大森孝次の証言によれば原告会社においては従来製品発送の時期に売上を計上し益金に算入する会計処理方法をとつていたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。そうすると右各売掛金は右原告会社の会計処理法に従い右発送の日昭和二十八年十月三十一日の属する当該事業年度の益金に算入すべきであり、従つてこれに対応する各棚卸価額もまた同事業年度の損金に算入すべきものとするのが相当であると認められる。

原告は、前記法人税法取扱基本通達第二四九号但書により右損益算入の時期は各引渡の時であると主張するが、右通達は資産売買による損益帰属時期につき原則として権利発生主義によるも商品製品等の販売にあつては権利確定主義によることができると云つているに過ぎず、商品製品等の販売については必ず権利確定主義によるべきものとしているものでもなければ、まして本件における如く原告会社が製品発送の時をもつて損益帰属の時期とする会計処理方法をとるに拘らず該取引のみこれを排して引渡の時をもつて損益帰属の時期とすることを許容するものでもないこと勿論である。又原告は、原告会社の商取引は取引先の検収を俟つて始めてその成否が決せられる旨主張するが、これがために原告会社が該取引のみをその通常の会計処理と方法を異にし検収の時をもつて損益算入の時期とすることを正当とする根拠となし得べきものではない。更に企業会計原則第五継続性の原則に関する原告の主張もまた独自の見解に基くものであつて、以上原告の各主張はすべて採用に値しない。

なお証人大森孝次及び原告会社代表者張間大発の各供述中の以上説示に反する部分は、いずれも単にその意見を開陳するに過ぎないものであるから、これがため以上の結論を左右するものではなく、この点は以下説示についても同様である。

(4)  金田商店に対する売掛金及び柵卸価額についての判断

原告会社が金田商店に対して昭和二十八年八月八日売掛金二百六万六百四十円棚卸価額百五十六万四千九百円相当の紡績糸を発送したことは当事者間に争がなく、証人伝崎正郎及び同大森孝次の各証言を綜合すれば、右発送の前日である同月七日既に原告会社は右金田商店から右売掛金支払方法として約束手形三通の交付を受けたこと、その後当該事業年度中に右取引に関し金田商店から値引を求められたが、次の事業年度においてその解決をみたことが認められ、右認定を覆えするに足る証拠はない。

右事実によれば、クレームによる値引等損失の発生を予め想定して収益の繰延べをし或は損失に対処する準備金を計上することが許容されるのは税法上特に認められた場合に限ると解するのが相当であるところ、税法上本件の右の如き場合について収益の繰延べ等を認める規定は発見できないし、他は先に東洋繊維株式会社等に対する売掛金及び棚卸価額につき判示せると同様の理由により、右金田商店に対する売掛金及び棚卸価額は右発送の日の属する当該事業年度の益金又は損金に算入するのが相当であると認められる。

原告は、右金田商店に対する売掛金及び棚卸価額は当該事業年度末当時該取引は紛争中であつたため次の事業年度に収益を繰延べるべきであると主張するけれども、右認定事実のとおり右取引については代金約定の上商品を発送し、その後値引請求がなされた結果次の事業年度でその協定をみたいというに過ぎないものであつて、当該事業年度末当時未だ売買契約不成立という状況にあつたわけではないから、かかる意味において紛争中であつたとすることはできず、同主張は採用の限りでない。

(5)  三進被服加工所に対する売掛金及び棚卸価額についての判断

原告会社が三進被服加工所に対し昭和二十八年十月二十七日売掛金二百二十八万七千二百五十円棚卸価額百八十一万八千円相当の製品を発送したことは当事者間に争がない。しかして原告は右取引につき当該事業年度中は売買成立せず契約解除の後次の事業年度中改めて売買のなされたものと主張するが、同主張を認めるに足る証拠なく、証人伝崎正郎の証言によれば、原告会社は右三進被服加工所と現金取引の約定で右商品売買契約を締結し、右契約に基き前記のとおり発送に及んだこと、(しかるに右三進被服加工所が約に反し現金を支払わなかつたが次の事業年度の同年十一月三十日乗用車一台時価百五十万円位をもつて代物弁済がなされ、此の間原告会社より別段右売買契約を解除したことのないことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみれば先に金田商店に対する売掛金及び棚卸価額について判示せると同様の理由により、右三進被服加工所に対する売掛金及び棚卸価額もまた右発送の日の属する当該事業年度の損金又は益金に算入するのが相当と認められ、右に関する原告主張も採用の限りでない。

(6)  東光繊維工業株式会社に対する債権についての判断

原告会社が東光繊維工業株式会社に対する債権三百六万四千四百二十八円を当該事業年度の貸借対照表の資産勘定に滞債権として計上のうえ本件確定由告をなしたこと、大阪地方裁判所が昭和二十七年十二月二十六日右東光繊維工業株式会社に対する和議開始決定をなし、昭和二十八年三月和議認可決定をなしたことは当事者間に争がない。しかして原告は当該事業年度において右債権の回収不能は既に確定的であつた旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠なく、かえつて成立に争のない甲第一号証及び証人伝崎正郎の証言を綜合すれば、原告会社は昭和二十七年九月頃右東光繊維工業株式会社に対し右債権額相当の商品を販売しその代金支払方法として同会社から約束手形三通の交付を受けたが右各手形はいずれも不渡となつていたこと、同会社は右和議手続中に小松メリヤス株式会社と商号を変更したが、同和議認可決定の和議条件の内容は、残債務は右決定の日の翌日から六箇月間弁済の猶予を受け右六箇月経過の日に残債務の一割を以後六箇月毎に一割宛を弁済することとし利息は全部切捨て且つ将来の利息を免除するとの趣旨であつたこと。そして当該事業年度中の昭和二十八年九月十八日に原告会社が右和議条件に従い小松メリヤス株式会社からその第一回の履行を受けたこと、が認められ、結局原告会社さえ未だ損金としては取扱わず、且つ当時はその回収の見込があつたものというべきであるから、右債権を当該事業年度の損金に算入することを首肯すべき事由はないとするのが相当である。

原告は、原告会社に対する青色申告書提出の承認取消が当該事業年度の決算前になされていたならば右債権を貸倒損失として損金に算入したであろうこと、及び被告との折衝の際原告会社が右承認取消と関連し決算のやりかえを主張したのに対し被告が原告会社の主張を十二分に認めるから右は不要であり話合により解決しようというため右債権の損金算入をしなかつたことを主張するが、法人が青色申告書の提出を承認されているか否かにより、これに左右されてその一定の憤権が損金ともなり将又益金ともなるものでなく右は該債権そのものにつきこれを決すべきであるから、同主張は主張自体理由がない。次に原告は右債権は法人税法取扱基本通達第一一六号該当の債権である旨主張するが、同通達は和議手続等に入りたることから直ちに回収不能と認むべきものと指針しているわけでなく、更にこれらの場合であつて回収の見込のないことを要件として指針しているものであつて、右債権が当該事業年度において回収の見込のないものと認められないこと先に判示のとおりであるから、右主張もまた採用の限りでない。

三、以上説示のとおり被告のなした本件更正決定中に原告主張の違法の点は一も認められないから、右更正決定の取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 嘉根博正 平田孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例